うえだいかんのんじ
大阪府和泉市上代町801
江戸幕府が全国の寺院に提出させた「寺院由緒書」によると綾井村(現在の高石市)浄土宗専称寺第三世頓連社圓誉運貞上人が寛永年間(1624-1644年)に建立した七ヶ寺の一つがこの観音寺であると記述 ただ..
江戸幕府が全国の寺院に提出させた「寺院由緒書」によると綾井村(現在の高石市)浄土宗専称寺第三世頓連社圓誉運貞上人が寛永年間(1624-1644年)に建立した七ヶ寺の一つがこの観音寺であると記述 ただ左脇陣の像高62.7センチの十一面観音立像は平安末期とある、細身の優美な姿であるが、頭上面から面相部は別材で補修されており、寺名観音寺はこの像に由来すると思われる。
本境内が奈良時代創建の信太寺跡地であり、又信太寺が中世に存続する寺院であることが確認された観音像は信太寺にゆかりの像である可能性もある。
瑞龍山
浄土宗
天平年間(729年-749年)
十一面観音菩薩
阿阝意大和尚
南海バス「福泉中学校前」から徒歩10分 阪和線「北信太駅」から徒歩23分