さんがくじ
佐賀県小城市小城町池上3670番地
永仁年間(1293-1298)に大智和尚によって「三津寺」と号し開かれたと伝わる。 慶長年間(1596-1615)、佐賀藩祖鍋島直茂、初代藩主鍋島勝茂父子が、関ヶ原の戦いで西軍に与し、改易の危機に瀕..
永仁年間(1293-1298)に大智和尚によって「三津寺」と号し開かれたと伝わる。 慶長年間(1596-1615)、佐賀藩祖鍋島直茂、初代藩主鍋島勝茂父子が、関ヶ原の戦いで西軍に与し、改易の危機に瀕していたが、小城郡晴気の出身で、徳川家康の側近として仕えていた高僧三要元佶(あるいは閑室元佶)(足利学校第9代庠主しょうしゅ、円光寺住職)の尽力で、罪を赦された。直茂・勝茂父子は、三要元佶の尽力に感謝し、三津寺を臨済宗に改宗させ、寺領120石を添えて寄進した。
三岳寺(さんがくじ)は、佐賀県小城市小城町にある臨済宗南禅寺派の寺院。山号は医王山(いおうさん)、中興は徳川家康の側近三要元佶(閑室)。
医王山
臨済宗
南禅寺派
小城新四国霊場第1番・第47番
『三岳寺文書』、絹本著色閑室元佶像、木造薬師如来坐像、木造大日如来坐像、木造十一面観音菩薩坐像(いずれも県重文)