あめざくらじんじゃ
静岡県掛川市上垂木1612
延喜式神名帳における真草神社とされている。永仁年間の出火により社殿を焼失し、同地区にある尾崎宮(現在の六所神社)に遷座した。1397年(応永5年)には現在地に社殿が再建され、尾崎宮(六所神社)より遷..
延喜式神名帳における真草神社とされている。永仁年間の出火により社殿を焼失し、同地区にある尾崎宮(現在の六所神社)に遷座した。1397年(応永5年)には現在地に社殿が再建され、尾崎宮(六所神社)より遷座することとなった。1512年(永正9年)には今川氏親より社領75石を寄進される。明治時代には郷社となり、神饌幣帛供進社指定となる。古来は「天櫻天王」とされていたが、山内一豊が掛川城主の頃に雨の和歌を桜木に結びつけたところ、すぐに降雨となり「雨櫻天王」と呼ばれるようになった。(Wikipediaより)
素佐之男命・櫛稲田姫命・八王子命
式内社(小)遠江國佐野郡「眞草神社」に比定される 旧郷社、神饌幣帛供進社