らいこうじ
京都府城陽市久世南垣内97
三代将軍家光の時、寛永十三年(1636年)久世の里が昭子内親王という姫宮の領地となりました。 姫宮の父親は古典文芸復興で知られる寛永宮廷文化のリーダー後水尾天皇、母親は二代将軍徳川秀忠の娘である東福..
三代将軍家光の時、寛永十三年(1636年)久世の里が昭子内親王という姫宮の領地となりました。 姫宮の父親は古典文芸復興で知られる寛永宮廷文化のリーダー後水尾天皇、母親は二代将軍徳川秀忠の娘である東福門院源和子であります。天皇と将 軍の娘との間に生まれた二番目の姫宮であります。ある夜、姫宮は久世の里に光り輝く弥陀来迎の夢を見、部下に命じて、久世の里を調べさせました。その結果、姫宮はその地に寺院がないことを不思議に思われ、早速、寺院の復興にとりかかりました。
光明山
本願院
浄土宗
慶安二年(1649年)再建
阿弥陀如来
真蓮社城譽上人洞阿
女二宮昭子内親王
光明山 本願院 来迎寺
近鉄久津川駅より徒歩8分 JR城陽駅より徒歩12分