当社はもと「八幡宮」と称す創立年代不詳なるも鎌倉合戦の将新田義興公の勧請と伝えらる 又義興公の像(白馬に跨り弓を持したる木像)を安置し新田大明神と称し神殿を建立しありといふ 両社火災により焼失したるも八幡宮を別当延命寺住職源雄元禄12年八幡宮を再建す 新田大明神は末社十座の内に鎮座す 昭和29年参集殿を改修以来前沢村の鎮守として村民の崇敬篤く心のよりどころとなってきた 祭神応神天皇は神功皇后の御子で大陸文化を導入し古代文化興隆をはかられた御神徳がある 又母が子を抱き自分の代りとして此の世に降される母子神の信仰がある(境内掲示板より)