当社は、平安時代末期から伊勢の国飯野郡土田(はふだ)村の「日天八王子社」という神仏混淆の産土神であった。明治3年、神仏分離により「葉生田神社」と改称した。明治40年の県令により、飯南郡漕代(こいしろ)村の全7カ字の22社26祭神をこの「葉生田神社」に合社・合祀し、社名を「漕代神社」と改称した。昭和23年の現憲法発布、昭和26年の宗教法人法制定に伴い、同28年に元の7カ字に分社・分祀し漕代村大字法田(現松阪市法田町)の「漕代神社」は元の「葉生田神社」となった。このとき宗教法人法による正式な手続きは社名変更だけにとどめたため、現在も「葉生田神社」には7カ町(旧7カ字)の22社26祭神が祀られている。