じょうじゅうじ
三重県伊賀市長田2378
当寺の閻魔堂本尊厨子(県文化財)は三重になっており、その外厨子は宮殿形で、扉に千体阿弥陀如来をまつり、中厨子は黒塗で十王を描いている。そして奥厨子の扉に地蔵菩薩立像が描かれているのは、閻魔の本地が..
当寺の閻魔堂本尊厨子(県文化財)は三重になっており、その外厨子は宮殿形で、扉に千体阿弥陀如来をまつり、中厨子は黒塗で十王を描いている。そして奥厨子の扉に地蔵菩薩立像が描かれているのは、閻魔の本地が地蔵菩薩であるからである。尚、1月16日と7月16日は閻魔の大斎日にあたり、地獄の釜開き、亡者の骨休みといい、善事を修し、奴僕、召使いにも暇をとらせ、閻魔堂へ詣でさせた。従って藪人の人々でにぎあったことになる。 《半分は仕着せで拝むえんま堂・柳多留》 又、閻魔王は本尊とする密教の修法である閻魔天供は、延寿、除災、除病、追福を祈り、或は罪人を助け、又は、安産を祈る為のものとされた。慈心坊尊意が承安2年(1172)12月26日の夜半閻魔王より使いを受け、閻魔の庁におもむき『妻子も王位も財も眷属も、死去すれば一つとして相親しむものなし、常に作業鬼に随って我を緊縛し、苦を受け叫喚すれども辺際なし。』と言う閻魔王の誓言をうけた。
平野山
天台宗
平安時代末期
閻魔王
慈心房尊恵
1660年
藤堂高次
伊賀聖天
「東海近畿地蔵霊場」 第7番札所
無料
有り